1999年10月24日 J2リーグ 第32節
 
対川崎フロンターレ戦
試合会場:等々力陸上競技場

2005/05/25更新


観戦結果(オフィシャルサイトの記録はこちら

管理人M1、生まれて初めてのサッカー観戦
そしてFC東京の試合観戦

東京、J2優勝のかかった大一番だったが・・・泥沼の4連敗

東京 2 3 川崎
  • 2分:奥原崇
  • 43分:加賀見健介 
  • 14分:桂秀樹
  • 36分:久野智昭
  • 60分:ティンガ 
観客動員数:13812人


鏑木

奥原  加賀見  佐藤

アウミール 浅利 

藤山           梅山
 小峯  サンドロ

   鈴木 

SUB  仁田尾 山尾 小林 小池 岡元

交代   61分  奥原→岡元
      74分  岡元→小林
      88分
   梅山→山尾

コメント(当時、サッカー音痴だった私の視点で書いています)

生まれて初めての試合観戦

俺の東京コーナーで語っているように、管理人にとって生まれてはじめてのサッカー観戦、そして生まれてはじめて見たFC東京の選手達である。
同コーナーで書かれているように、川崎フロンターレの存在をきっかけに、私はJ2に興味を持ち、出身地である東京のチームであるFC東京の試合を是非見たいと思った。
首都東京のチームがJ2にいるということに、すごい親近感を感じた。
FC東京というチームに関しては、福岡にいる時、ニュースを見ていて、前身の東京ガスが天皇杯で準決勝まで進んだのを見て「すごいなあ」と思ったのと、ドリームキャストの「サカつく」にはまっていて、その中でFC東京が出ていたことぐらいは知っていた。
本当なら前節の鳥栖戦を見に行こうかと思っていたが、当日の新聞に「西が丘」と書かれていた。
サッカー音痴だった私は「西が丘って、どこ?きっとこれはアウェイだな」と思い、観戦に行かなかった。
非常に恥ずかしい話だが、私はそこまでサッカーについて何も知らなかった。
いざ等々力へ
翌週、新聞の朝刊を見たら等々力で川崎フロンターレとの試合があるという。
早速等々力に向かった。
東京と川崎、順位も選手の名前も何もかも知らないまま等々力に着いた。
川崎フロンターレのホームゲームだったが、ファンサービスの一環として、小学生以下の子供がオリジナルの川崎フロンターレの旗を作って来場したら入場料が無料か100円(どっちか忘れた)になるというサービスを行っているのを見て、すごく「いいなあ」と感じた。
こういうサービスをやっていれば、川崎市民なら同じ等々力をホームとするヴェルディよりも、フロンターレに傾くはずだと思った。
スタジアムに入り、川崎フロンターレのゴール裏からぐるっと回ってFC東京(アウェイ)のサポーターの陣取るゴール裏席に向かう。
サポーターは2階席に陣取っていて、「東京なめんなよ」と大きく書かれた横断幕が目に焼きついた。
2階席に向かう。私はまだ東京サポーターというわけではないので、普段着のままゴール裏に襷を持って固まるサポーターの左脇に座って観戦した。当日の観客数は13812人。
J2の1位と2位の直接対決、J2優勝・そしてJ1昇格につながる試合ということもあり、かなりの観客数だったが、そのうち東京サポーターは150人程度だったらしい。
05年の現在ならありえない数だが、確かにあの頃は非常にこじんまりとしたゴール裏だった。

試合開始!いきなりゴール!
選手入場前あたりにゴール裏サポーターがタオルを大きく両手に広げてよくわからない外国語らしい歌を歌い始めた。
私の周りで座っている東京サポーターも同じくそれに合わせていた。「これがサッカーなんだな」と認識した。
もちろん、タオルはタオルマフラー、そして歌は「you'll never walk alone」。「you'll never walk alone」に関しては、試合が終わるまで英語ではなくポルトガル語か何かの歌かとずっと思っていた。家に帰ってインターネットを見て英語の歌だとわかったが・・・・。
何度も言うようだが、管理人は当時のFC東京の選手の名前も、応援の仕方もまったく知らない人間だったので、とにかく何もかもが新鮮だった。
そしてサポーターの「東京!!!」コール!
これがものすごくジーンときた。
自分はつい2年前まで故郷東京を離れて福岡に行ったせいか、東京が自分にとってのかけがいのない故郷だという意識を人一倍持っていた。
そこにこの「東京!!!」という故郷の地名をコールするサポーターの姿を見て、チームは日本代表ならぬ「東京代表」で、自分は「東京人」として、選手たちと共に戦っているという錯覚のようなものに陥ったのだ。

いざ試合開始、「東京!!」コールがすごい。
そして開始2分、いきなりゴーーール!
東京って強いなーと思った。
私も思わず立ってしまったが、まわりで「東京ブギウギ」の応援歌を歌い始め、私も「ワッショイ」のところで両手を挙げた!
そして「オーレーオレオレー、オークー、オークー」というコール。
ゴールを決めた奥原選手の今季初ゴールだったのだが、非常に鮮やかなボレーシュートだった。
奥原選手は私と同年の選手で、今シーズンは負傷に悩まされ、数試合前に復帰したようだ。
その奥原のゴールだけに、サポーターは大喜びだっただろう。
それにしても、素人ながらに「すごい」と思ったのが、サポーターが選手それぞれのコールをすること。
そんなこと当たり前なのだが、当時はすでにJリーグバブルは過ぎ去っており、サッカーといえば日本代表くらいしか知らなかった私にとって、そのJリーグの2部リーグの選手それぞれのコールがをするのを聞くのも新鮮だった。
サッカーにほとんど興味のない人にとって、代表もいないJ2の選手は「無名」だという認識を持っていたからだ。
私がFC東京に親近感を持った理由のひとつもその「無名軍団」という部分だった。
当時、在籍選手の約半数が、プロではなく、親会社でもある東京ガスの社員だった(05年現在、社員選手は浅利のみ。藤山・小林・遠藤は現在はプロだが元社員)。
マイナーなものに引かれるという性格もあったのだが、マイナーであったJ2の時に東京の存在を知らなければ、サポーターになっていなかったのかもしれない。
一番印象に残った選手応援歌は「17は カ・ブ・ラ・ギ カブゴール!」の鏑木亨選手の応援歌。
背番号17の同選手を、かつてのジャニーズのアイドルグループ「シブガキ隊」の「ジグザグ17」の歌にからめて作った応援歌だが、この応援歌、なかなかいいなと思った。
鏑木本人も大変気に入っていたようで、03年に発売されるアンオフィシャル応援歌CDには鏑木本人(既に東京から離れていた)のボーカル応援歌が収録されたほどである。
前半終了、早速売店へ(笑)
選手以外の応援歌も新鮮だった。
「君の瞳に恋してる」の替え歌「愛してる東京」や、「東京ラプソディ」、「TOKIO」など、「東京」という地域名をコールする応援歌を聞いて、本当にジーンと来た。
「東京に生まれてよかった」「東京人の自慢するものができた」と思ったりもした。
しかし奥原の目を覚まされるような華麗なボレーシュートの後、36分までで2点返されるが、前半終了間近にして、トップ下として出場していた加賀見が振り向き様にシュートして同点に追いつく!
またもや「東京ブギウギ」の大合唱!私ももちろん一人観戦ながら踊っていた。
すごくいい内容の試合で、来てよかったと思った。
ハーフタイム。真っ先に売店に行ってタオルマフラーとメガホンを買った。
「これはもう本格的に応援するしかないでしょ」と思ったわけで。
タオルマフラーはよかったけど、メガホンは失敗だった。今メガホン持って応援している人なんていないし(余談:翌年のテレビ東京の応援番組『バモバモサッカーテレビ』の企画、選手への「ドキドキ本音インタビュー」で、土肥からのプレゼントがサインつきメガホンだったことがある)。
タオルマフラーは、サポーターの最低限の応援ツールなので、これを持っていることで、サポーターの仲間入りをした気になった。
初観戦45分でFC東京のサポーターになってしまった。非常にニワカというかミーハーというか・・・。
後半、ひたすら「自分を信じていれば 勝利はついてくる」を歌い続けるサポーターの姿を見て・・・
後半開始。晴れてサポーターの仲間入りをして、首にタオルマフラーをかけて観戦!
後半15分でティンガに決められ2-3に。その後大熊監督は奥原に代えて岡元を投入するも、その岡元をわずか10分ほどで下げて小林を投入。
選手名こそ知らなかった私だが、さっき出てきたばかりの選手を交代するというのには驚いた。
周りで観戦していた女性のサポーターも同じような感想を言っていた。
大熊監督の思っていたように岡元が機能していなかったから下げたというのが真相だが、岡元本人はこれに相当キレたようで、その感情をメディアに向けても露にしてしまった(これについては、荒川裕治著の「FC東京の挑戦」(小学館)に詳しく載っている)。
その後、試合終了まで「おお、俺の東京 今日も行こうぜ勝利めざし ゆけゆけよ 東京 いつも俺らがついてるぜ 誰がなんと言おうと 周りは気にするな 自分を信じていれば 勝利はついてくる〜」の応援歌を実に15分くらいの間、ゴール裏サポーターが歌い続けていた。
選手も必死だが、サポーターも必死なのを、横で見ていてひしひしと感じ、そして感動した。「自分もいつかこの中に入りたい」と思ったのは言うまでもない。
ひたすら「You'll never walk alone」を・・・・・・
選手たちの健闘もむなしく、試合終了のホイッスル。
「キング・オブ・トーキョー」アマラオの不在(この試合では、もちろん私はアマラオという選手の存在そのものも知らなかった)という状況で、J2首位の川崎と互角に戦ったが、これでチームは4連敗を喫した。
まだ2位には付けていたものの、3位の大分が追い上げてきており、J1昇格も危ぶまれる状況になった。
4連敗という危機的状況に関しても、事前情報抜きの初観戦だった私は知らなかった。
試合終了後、ゴール裏サポーターは、延々とあの外国語の歌「You'll never walk alone」を歌い続けていた。本当に延々と・・・・。
私が席を立ち去っても、ずっと歌っていた。後から聞くと30分くらい歌っていたらしい。ただひたすら。
今振り返ると、「You'll never walk alone」をずっと歌い続けたサポーターの気持ちがわかるような気がする。
健闘したのに負けたことで呆然とした気持ち、そしてJ1昇格への望みなど、いろんな気持ちが複雑に絡み合って、歌い続けていたのだと思う。
後にネットの掲示板でもこれを批判するサポーターもいたが、私としては、とにかくこの光景が今も目に焼きついている。
だから帰宅後、この歌は何なのか、ネットで検索し、発見後、歌詞をプリントアウトして次の試合には持参した。
歌詞の意味もわかった。
これで私も自分に誓った。私も選手達、サポーター達と一緒に残り試合、J1昇格に向けて、「共に歩いてゆきたい」と。


そう、この試合こそが、私にとっての「原点」だった・・・・・・・・・・・・・。